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最近買った万年筆用インク。

 

PILOTの「色雫(iroshizukuシリーズ」、色は<霧雨(kiri-same>です。

ボトルやパッケージのデザインとネーミングが洒落ていて、つい衝動買いしてしまいました。

 

しかし万年筆なんて年に何回も握らないどころか、ここまで文字を書く機会が減ってくると漢字は忘れがちだし、あれれ‥とペンも走らず、正式な文書や大切な方への手紙など、手書きでは本当にきつい状態に。

 

そうして契約書とかスケジュールとかメモのとき以外はペンを持たないようになり、それすらも自分が解読できれば良いというレベルに終始してしまっています。

 

だからといって「パソコンの普及による漢字文化の終焉」だとかいう話には全く興味がなくて、そんなことの良し悪しや是非を語るつもりも全くありません。

 

 

父親の先輩で昔から海外にお住まいのSさんという方がいて、その方から以前頂戴した何通かの手紙を今でも大切に持っています。

といえば、普通は自分にとって大切な事が書いてあったり、頼りにする人生訓みたいなものを時おり読み返すような手紙かと思われるでしょうけれど、ボクが保管しているのは実はそんな理由ではないのです。

 

Sさんは決して字が上手いわけではないのですが、本人独自の筆文字を大小書き連ね、便箋の一枚一枚が作品のように見えるのです。バランスが絶妙に取れており、ご本人のお顔も浮かぶ、実に味のあるデザインとしての文章を魅せます。(さすがに文面はお見せできませんが‥)

 

思えば「書」に代表されるような芸術品をはじめとして、文字というのは絵画などとある意味同様にビジュアル要素を多分に擁しています。デザインの主要な分野としてのタイポグラフィは、アーティスティックなものから実用的なものまであらゆる効果を発揮しますから、文章の内容は言うまでもなく、どんな書体でどのように配されているかも本当に大事。

 

この<霧雨(kiri-same)>は、硯を溶かしきれていないような薄い黒色のインクで、書き出しや「トメ」の箇所が濃くなる、いかにも「味の出そうな」モノ。

ボクの衝動買いのイケないところは、それを手に入れたらSさんのような手紙が書けるのでは、と勘違いするところにあるのですが・・・。

 

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昨日ボリビアのエケコ様という神様が長崎アミュプラザからウチへ買われてきました。

 

このエケコ様、小さくて可愛らしいのですが、肌は褐色だし、タバコも咥えられません。

(本来は白色の肌をしていて、タバコを咥えさせて完成形になるそうで。)

 

若い頃はこういうラッキーアイテムにまったくといっていいほど関心がなかったのですが、

最近は、まあいいんじゃない?的な感じになりつつあります。

 

特に南米モノやアフリカモノに関しては、いまだに呪術とかやっていそうで、なんか楽しくもあります。

ケニア土産でもらった青磁のネコのお化けみたいなヤツとか、木を削って作ったチリ製の球形豚なんかも、

意外とイイ感じで自宅に鎮座しています。

 

ふと考えると、全く興味のなかったボクのまわりにも、いつのまにか"神様グッズ"があることに気づきます。

 

クロスのペンダントやロザリオ、インディアンターコイズ石のリングなんかは若かりし頃の遺産としても、手首にはタイの寺院で僧侶に巻いてもらった紐が巻かれているし、リビングには江戸時代の小さなフクロウの染め絵があったりします。

もちろん諏訪神社のお守りもあれば、京都の寺社から送ってもらっている別のお守りもあります。

 

こう書いているうちに、なんとも脈略のない神様環境?の中で生活している事実に驚きますが、日本人のみんなはきっと似たようなものだろうと思うのです。

 

昔には半年間カトリック教会に通ったこともありましたし(タダでホームステイするという気合だけで)、運転中に動物の死に絶えた姿を発見すると手を合わせればいいのか十字を切ればいいのか一瞬迷ったりします。

 

いろんな神様に守られていると思うと、楽しい暮らしだなあ、と可笑しくなってきます。

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いつの頃からかサイが好きで、気づいたらどうしようもなく好きになりました。

ゾウにしてもキリンにしてもカバにしても、草食系の大型動物は
その巨体に対照的なつぶらな瞳が驚くほど優しく(見え?)て、
今にも涙が溢れて泣き出しそうな雰囲気をしています。

実際、ボクたちが一番近づく機会のあるゾウの目の下には、時々流す涙の後が残っていたりしますよね。
あくびの涙か、砂埃が目に入ってうっとおしいか、本当の理由はそのあたりなんでしょうけれど、
こちらとしてはどうもいたたまれなくなったりします。

その中でもサイは、哀しいほどイカツい外見をもって生まれていて、
鎧のような時代遅れの硬い皮膚に、デカいツノまでついています。

草しか食べないのに哺乳類「最強」と言われることもあるサイですが、
絶滅の危機にもあるという、損な役回り。

どう考えても現代に奇跡的に生き残ってしまっているかのようなちょっと可笑しいサイが、
たまらなく好きなんです。

写真は鍛冶屋町の陶芸「ゆとり炉」さんに、オーダーメイドで発注したシロサイです。
ボクが提供したのは、シロサイの写真を4点ほど。すごいでしょう??

店主の田崎さん、「試作だから」とおっしゃってとんでもない金額で譲っていただきましたが、
若かりし武豊のようなやわらかい笑顔とご好意に、遠慮なく感謝して持ち帰りました。

ところで、長崎でサイを見るならバイオパーク、ということになります。
昔は2頭いましたが、現在では写真の一頭だけ。
ますます退屈そうにしています。

バイオパークさん、仲間を呼んできてあげて、サイの園舎にもっと投資してください!
よろしくお願いいたします!!

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ちょっと気の利いたプレゼントやお土産をさりげなく渡す習慣のある人は、クールですよね。

クールといっても嫌味がなく人間的な温かみさえも残してゆく、好感度の高い方々です。

 

5月の頂き物はどれもヒットするものばかりで嬉しくなったので、そのうち二つをご紹介します。

そんな高感度の高い贈り物の共通点は4つ。

 

①高い品質に  ②いいデザインで  ③日常的に使えて  ④気を使わない価格

 

ということなのかな、と思います。

 

 

IL LECCETO」は無農薬のオリーブが最良の状態にある毎年11月の1ヶ月のうちに、手摘みされたその日に絞って瓶詰めされたエキストラヴァージンのオリーブオイルで、イタリアの主要3部門を独占したという話。

「パンにつけて食べてみて!」といただきましたが、これは美味しい!

 

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そしてサムイ島からやってきた「Pranall」という現地ブランド?のオーガニック石鹸。

イランイランのリラクシング効果は鼻を近づければわかりますし、ピュアベジタブルオイルを配合したいかにもオーガニックな雰囲気。

 

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それからやっぱり気になったのは、その容器や包装のデザイン。どちらも愛着の沸く姿カタチをしています。

 

「質の良さ」を人はいつ知るのでしょうか。

最終的に商品を試用して確信を得る前に、お土産をくれた方々の日常的な信頼性、手に取ったその視覚や感触のデザイン、そんな要素が贈り手を肯定的な感覚に導いていると思います。

 

そして、もらった人が自分でまた気軽に購入できる価格は、ちょっとしたプレゼントに気を利かせるポイントかもしれませんね。 

 

モノやサービスを提供する側と受ける側。デザインを生業とするボク等がそのあいだを誠実かつ肯定的に導くためにいるとしたら、結構良い仕事じゃないか、と思うわけです。

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浜の町のAGコスメ」さんは、身体にいいものや美容関連の商材を世界中から意欲的に集められています。ショップはほとんど手づくりでスタートしたばかりですが、その熱意たるやこちらまで元気にしてくれるほど。

 

エステティックサロンも経営されていて、このたび招待状作成をおおせつかりました。

 

写真はお店にあるILLUMEのキャンドル。

 

ロスの自然派ブランドで、シャーリーズ・セロンやクリスティーナ・アギレラ、マドンナやウィル・スミスも使っているそうです。

 

脱線しますが、ラッセ・ハレストレム監督「サイダー・ハウス・ルール」という映画でのシャーリーズ・セロン、良かったなあ。クリスティーナの声もいいですよね。ガリガリなのに。

 

ネット社会になって、自宅にいながら世界中のいろいろなものが買える時代になりましたが、今のところまだ「香り」と「手触り」の確認は無理のようですね。

とくに「香り」は人それぞれ好みが微妙に違いますから、手にとって確認できるお店がどうしても必要です。

 

ところでキャンドルの灯りは、小川のせせらぎやそよ風などの自然現象に見られる、<ゆらぎ>のリズムをもっているそうです。人間の心拍鼓動も同じリズムを刻んでいるんだそうで、炎を見ていると時間を忘れて心が落ち着くのはそんなことなんですね。これに自然抽出されたアロマ効果が加わって・・・と聞くと、確かに身体を癒してくれるような気がします。

 

以前ディプティックのキャンドルをブログに書きましたが、こっちの方がデカくて安い・・・(笑)。

 

ストレス社会?に生きるボクら、月に一度くらいは、キャンドルの灯りで過ごす夜があっていいかもしれませんね。エコにもなりますしね!こういう社会的試みが去年あったような??
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さんざん酔ったあげくにラーメンでなくてコーヒーが飲みたくなるのは、

ゲコ家系のなせるものか、日常的なコーヒー依存症に起因しているのか、わかりません。

 

テイクアウト・チェーン系のコーヒーショップはとっくに終わってる時間だし、

昔はあった喫茶ジャマイカとか、深夜まであいている古い喫茶店はどんどんなくなっていって、

ラウンジやBARなんかでコーヒーを出してくれるところはいいのだけれど、

そんな場所まで仲間を誘っていちいち足を運ぶには、酔っていることもあって面倒です。

 

そんななか、丸山公園脇の「アメリ館」は深夜でも確実にあいている、という理由でたまに行きます。

家路につくオジサンたちや仕事帰りの女性をぼんやり眺めながら、

19歳から始めたというオーナー女性店主とこの街の話でもしながら、

ビールと普通のホットコーヒーを交互に飲んで、代行運転サービスを待つのです。

 

34年間続いている喫茶店。

間違いなくイマドキの店ではないし、かといって「古き良き」重厚なアンティーク感もない、

スポーツ新聞や雑誌が重ねられ、壁にはオードリーの写真がいくつか、トイレも入りにくい出にくい・・・

なんとなく想像できるでしょう??

 

ふとテーブルに目を移すと、ソルトボトル。

 

この店の時間の経過を語るにふさわしい、手榴弾のようなレトロないでたち。

 

このときに盛り上がった旅行の計画も、実現するといいのですが・・・。

 

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ホテルニュー長崎のブライダルコーナーで、ショーウィンドウディスプレイのお仕事です。
 
撮影された5枚の大型タペストリーを木枠で吊るし、柳宗理のバタフライスツールやフランクロイドライトのショートスタンドなどを配して、全体的な和モダンのテイストを表現しています。
センターには楽しさの伝わる婚礼写真集を開いて。
エッセンスとしてポールケアホルムをはじめとする洋書を無造作に散らしていますが、
これらすべて写真家の松村兄さんの提供なんですよね・・・。
 
松村さんのアルバムは木箱に入った木カバーの冊子になっていて、かなりアジがありますよ~。
現在結婚をお考えの方、いかがでしょうか???
 
ところでこういう仕事の面白さは、イメージをひとつずつリアルに実現していくときの整合とギャップであったり、
こちらの感性と顧客満足とカスタマーニーズを落とし込むバランスであったりするんですけど、
 
個人的にいえば、あーだこーだと職人さんやお客さんと現場で造り上げていく時間であったりします。
 
あとは、不特定多数の方に観ていただける「プチ展示会」みたいな感覚。
 
今回使われた皆が知ってる伝説のヴィンテージたちも、なんだかんだいって長崎ではそう目にするものではありませんよね。
長崎の若い方々へロングライフなデザインを再認識していただく意味では、いい感じの露出ではないかなと思います。
 
松村さん有り難うございました!!
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連休を利用してタイへ行ってきました。

半分お仕事、半分休日、ということで、国際展示会やゴルフももちろん?楽しんできました。

 

先ほどかるく荷解きをして、そういえば旅にお供したスーツケースを撮っておこうとパチリ。

 

ボクは1897年に英国で創業したこのケースブランドが大好きです。

特殊な紙素材で丹念に手作りされた軽量ケースは、「小象が乗っても壊れない?」ことで有名。

 

じつはこのスーツケース、ボクの身長では普通に引っ張って歩くと踵がゴンゴンと当たるサイズなので注意が必要です。まあ、だからといって他社のものを検討するわけでもなく・・・。

 

グローブ・トロッター社のケースは英国王室をはじめ英国王立空軍のほか、英国を代表する数多くの著名な冒険家たちに愛されてきました。

世界中の購入者は本部の顧客リストへメンバーズとして大切に保管され、110年という永い歴史を守り続けています。

 

部屋に置いても違和感の無いシンプルでアンティークモダンなスタイルはもちろんのこと、すごく軽くてすごく強い。

でも一番好きなところは、こういった老舗ブランド特有の「顧客を大切にする姿勢」です。

 

もちろん品質はトップクラスなんですが、どんなに変形しようが破損しようが、修理してくれるんですよね。

新しい品物を買え!とは言ってきません。

 

商品に対する徹底的なアフターの企業姿勢もさることながら、

顧客の商品に対する詮索できない思いをそっと大切にしてくれているような・・・。

 

「ブランドを買う」というのはこういうことなのかな、と思います。

そしてそんな会社を、スペース・ラボは理想にしたいと思います。

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両親が大村市の野岳町に暮らし始めて、半年が過ぎた。

 

安価な建築材料を探して、職人さん達にめいっぱいご迷惑をおかけして、両親も一緒になって造った、小さな、小さな平屋建てである。

 

野岳町は、静かな野岳湖を囲み、雄大な郡岳を臨み、空港のある大村湾を眼下に従える、山間のいわゆる田舎だ。

週末には県内外から多くの家族連れや恋人たちがその自然を楽しみにやってくる。ゴルフ場やカート場、キャンプ場にテニスコートもあるし、地元の産品を使った食の楽しみも多い。

 

数年前から「スローライフ」だとか、「ロハス」だとか、自然との距離感をできるだけ近くして生活することを美徳とする言葉が多いけど、その意味が実感できるようになったのは、両親がここで暮らし始めてからだと思う。

 

つまりそれは、都会で有機栽培の野菜を使ったオーガニックなレストランに行き、ランチを楽しむときに得られるある種の微妙な満足感ではなく、庭にあるキュウリやトマトをもぎ取ってサラダに入れ、同じくサラダ菜で肉を包み、仲間内で作った地ビールの味が今回はどうだと月明かりの下で楽しく品評して、お隣さんが漬けた漬物をつまむようなことではないかと思うのだ。

 

かといってこの町の人たちは、最近流行のエコ聖人みたいなことではない。

普通に自動車を運転するし、都会と変わらないスーパーで買い物をし、ゴルフだって楽しむ。

ようするに、特別に節約した生活をおくるとか、環境に配慮するだとか、そういう感覚を持ち合せているわけではないのだ。

 

これが、いかにも自然で「暮らしやすい」ことのように思えてきた。

 

ところで写真は、ディプティックのフレグランスキャンドル。

 

ディプティックは1961年、パリはサンジェルマン通りに開店したインテリアショップ。このキャンドルは63年に発売されて以来、世界中の多くの人々に愛されている。

ラベルの可愛いデザインは、創業者の手描きによるもの。

 

大自然の中で夕刻からバスルームの窓を開け放し、このキャンドルの明かりとほのかな香りだけで楽しむバスタイムは、ボクみたいなオッサンがいうのは気持ち悪いけれど、本当に癒される。

 

こんな気分のときに見つめる雑貨のデザインが良いと、気分がいっそう良いものですね。

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