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dogsoffootball.JPGV・ファーレンで取材を終えた写真家の宇都宮徹壱さんを乗せて、柿泊のグランドへ。

 

空は昨日までの悪天候が嘘のように晴れ渡っていましたが、冷たくて強い風が肌を刺してくるので、早々に引きあげました。

 

先に申し上げておきますが、この本は昨年「ミズノスポーツライター賞」を受賞した氏の著書であり、ボクが写真の本の装丁をしたわけではありませんので、今回もデザインのブログではないのです、あしからず。

 

宇都宮さんは、若い頃にボクが憧れた生き方を地で行ってらっしゃるいわばヒーローのような存在。

だって、物書きになりたい、サッカーに携わりたい、いろんな国へ行ってみたい、といったボクの夢をいっぺんに体現されているのですから。しかも懐かしのTV番組「ダイヤモンドサッカー」などの制作を担当された、会社員経験のあるライター兼写真家さんなのです。

 

お逢いした時から「いい人オーラ」がプンプンと漂っており、言葉も丁寧で恐縮しっぱなしでしたが、短いながらも大変楽しい時間をいただきました。

 

リーガやプレミア、セリエなんかの大舞台には誰もが認める夢があるけれど、世界のもっと辺境の国でも、フットボールに対する夢は確かに生きづいています。そしてそれは、長崎に誕生したV・ファーレンでも同じ。

サッカー好きなら、地元チームの試合は観戦しましょうよ!?と怒られましたが・・・。

 

ところで自分の過去の夢のなかに生きている方にお逢いすると、人はいつ夢をあきらめるのか、いつまで夢をあきらめないのか、不思議になります。

生まれたときはみな平等にチャンスがあるけれど、なにかになりたいわけじゃありません。

就職活動にしたって、大手ブランドに対する所属意識についていうつもりはありませんが、財務内容や福利厚生でピックアップしていたあの頃を思い出すと、今なら確実に違う選び方をしていたと思います。

 

ただボクは幸運なことに、今ある現実が悪いものではないと感じています。

 

なんだって仕事はいろんな出会いがあり、楽しい。行きたい場所へ本当に行きたくなったときにはすぐに行ける世の中だし、好きなものを好きだといってかまわない。こうして宇都宮さんのような方にも逢える。

 

そういう意味では、世の中は日に日に良くなっていると思うのです。

BONSAI

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tsubaki.jpg「盆栽=老齢」というイメージはなかなか拭えません。

 

幼い頃観ていたサザエさんでいう波平さんの趣味?だったと思うし、藤子不二雄マンガの主人公が野球ボールを取りに行く先は庭に盆栽のある怒りっぽい爺さん家だったような気もします。

 

しかしそんな先入観のない外国人の方なんかは、そのディテールの美しさに感動されるとか。

 

会社の近くの長崎市民会館に、「盆栽椿愛好会展示会」という大きなハチマキが掛けてあるのは昨日通りすがりに気づいていたんですが、その時まさか自分が入ってみることになるとは想像すらしていませんでした。

 

それがなぜiPhoneで写真までおさめることになったかといえば、ボクが最近Twitterを始めていて、著名なディレクターの原研哉氏が「盆栽」のデザインとしての素晴らしさを熱くつぶやかれるものだから、「あ、このタイミングは一応見ておけと神様が言っているのかな。」と思い、本日撮影の帰りに潜入したのでした。

 

長崎の椿愛好会なる団体なので盆栽は椿に限られていたのですが、なるほど手をかけ暇をかけ完成された風が伺えました。空間に根ざす芸術といえば建築から何から殆どのものがそうなのかもしれませんが、自然の力と共生しているので、やはり華道に通ずるのでしょう。

 

しかし華道と違って長い年月をかけたと思しき作品のなかには破格値で売られているものもあり、おそらくなにか盆栽道(?)でいう致命的な欠陥があるのかもしれないのだけれど、ここまで立派だと「自宅にあっても格好良いのでは」などと考え始める始末。

 

写真は知事さんや市長さんから賞が贈られたもの。

 

見つめていて「このあたりが好きだ」なんて交わしている愛好家の方をみると、なるほどなあ、これは完全なデザインとしてのフォルムの追求と、ペットを可愛がるような生物への純粋な気持ちの融合であるから、とても素晴らしいカテゴリーなんだと認識を改めることになりました。

 

係の爺さんに(ご想像通りスタッフは全員高齢・・)盆栽のことを何かしら訪ねようと思ったら、爺さんの激しい痰吐きが収まらず、待っていてもしょうがない気がしてきたので仕事へ向かいました。

hacosuka.JPG

日頃からお世話になっている車屋さんが時津町で移転独立されました。

写真は商品のなかの一台です。

 

看板を写真におさめているときに撮影を勧められたのが、「ハコスカ」と呼ばれる、ボクと同い年齢らしい日産スカイラインです。

日産プリンスとなって最初のモデルの後期タイプだそうですが、車にはあまり詳しくないのでそれ以上の説明ができません。

 

詳しくないから車が嫌いなのかといわれるとそうではなくて、世の男子レベルには、普通に好きじゃないかなと思っています。

 

ただボクが大学生の頃は、「走り屋」と呼ばれるもちろん「暴走族」とは一線を画す同級生も多く、「バイトして金貯めて車いじって」、ということを女子そっちのけで、至福の表情で平然と行うホントのクルマ好き達を知っているので、ボク程度で「クルマが好き」というのが憚られるだけのことなのですが。

 

ところでこの時期のスカイラインという車はいまだに人気があり高価らしく、移転して間も無く看板も上がっていないのに、どこで聴きつけたか見にこられる方がいるとか。

 

ボクは車に関しても、未来的な流線型より、無骨でイビツな方に愛着が沸きます。

 

つまり、最近の車の中で探すとあきらかに選択肢が少なくなってきているために、10年前と気になる車が同じという寂しいことに。ランチアって実際修理代どれくらい嵩むのかな、とか、ゲレンデはブームが去って前より下がってるのかなあ、とか思うわけです。

 

そんな無骨車ばかり飼うものだから、急な雨に全開の電動サンルーフが閉まらなくなって、そのまま車屋さんに運転して行って廃車宣告を受けたり(SAAB)、ゴルフ場に向かっている途中、リアガラスが経年劣化でガシャーン!と落ちたり(BUICK)、ときにはそんなこともありました。

 

現在は「空飛ぶレンガ」系ですが、もう良い年齢ですから、環境に配慮した「良い」車に乗らないといけないのかもしれないですね・・・。

 

 

THIS IS IT

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TOHOnagasaki.jpg

 

昨夜はココウォークのTOHOシネマズでレイトショー。

先週、高校時代からの親友からちょうど観に行こうと決めていた「THIS IS IT」に誘われていて、
20時までに仕事を済ませました。

映画は幻となったロンドン公演のリハを綴ったドキュメントですが、素晴らしかったです。
ちょっとだけでもマイケルを好きな方は、観て心地よい感動をもらえると思います。

彼が天才であり、努力家であり、繊細な心をもった愛すべき男であったことを、
脚色もなくドラマもなく、真実のうちに知ることができます。

 

1970年代から2000年までのポップアイコンであるマイケル、
姉の影響で洋楽ばかり聴いていたボクにとって、やっぱり特別な存在でした。

80年代前半の長崎にはミュージックビデオを観る機会がほとんどなくて、
浜町のDCブランドが入っていたパトリエ21ビルがスポンサードしていた(と記憶?)
深夜番組「プロモーション・パフォーマンス」を楽しみにするしかなく、
あとはWHAM!が出演するSONYのTVCMやトンプソン・ツインズ出演のマクセルのTVCMを待つくらい。

とはいえ「プロモーション・パフォーマンス」という番組は、TOP10形式でPVを流しまくるので、
もう毎週ドキドキしながらテレビにかぶりついていたのです。


ナビゲーターのお姉さんがインゲボルグやピンクハウスなんかのいかにも「着せられた」服を着て、愛想も下手な感じに曲紹介やリクエストはがきの棒読みをしていたことを思い出すと、今でも可笑しくなるのですが。

MTVによる20世紀のミュージックビデオベスト1位に選ばれたマイケルの「スリラー」には、
「こんな格好よさがあるんだ!」と衝撃を受けましたが、
衝撃といえば当時デッド・オア・アライヴの「You Spin Me Round」のPVの方がどちらかといえば強烈?であったため、「スリラー」に対する思い入れがほかのファンに比べて薄いかもしれません。

黒光りしたSM服に眼帯をつけたピート・バーンズというキレたおっさんの、股下に渡した鎖を前後にしごくパフォーマンスから、
そのイモっぽいナビゲーターのお姉さんに映像を戻す「異種感」がなにせ絶妙だったんです。

 

ともあれ、マイケルのアルバムは当然すべて購入しながら生きてきました。
ジャクソン5時代も大好きなので、マライヤがカバーしたときはスゴイ嫌でした・・・。
デッド・オア・アライヴをフロー・ライダーがカバーしたのは嬉しかったですが(しつこい)。

こういうことは結構多くて、自分の音楽趣味的に「え?」という人と繋がってしまっちゃってる大好きなスタアを発見したときの失望感といったら、隠しきれるものではありません。
マイケルで言えば、ヴァン・ヘイレンが「Beat It」に参加したとか、「Black or White」でスラッシュがひいたとか、アッシャーと一緒に歌ったとかは嬉しくても、NBAの選手やナオミとビデオに出たりしないで欲しいなあと。

 

マイケルが死亡した日の朝、彼が心肺停止で病院へ搬送されたニュースが流れましたよね。
遅刻気味のボクは部屋をあさって目ぼしい彼のCDを車に突っ込み、
「Billie Jean」「Man in the Mirror」を聴きながら、おそらく死んだであろうことはわかっていても、変な胸騒ぎを抑えることができませんでした。
東京にいる姉からも、珍しくケータイにメールが入りました。

 

そのとき、世界中のすごい数の人間が今同じ時間にマイケルを想う気持ちでいるんだと感じて、
とても不思議な気持ちになりました。現代にこんな人間がいたんだな、と。

 

ところでボクの誕生日である1971年の10月といえばマイケルのデヴューと重なっていて、
そういったコジツケもやっぱり至極個人的な喜びというものなのだけれど、
ちょっとした喜びなんてのは多いにこしたことはないですよね、人生。 

zenza.jpg

 

茂里町はココウォークのビヤガーデンからみた、銭座地区方面の山肌です。
(ヨーロッパではありません・・・言うまでもなく)

少なく見積もっても山の6割方まで住居が建てられているのがわかります。

山間に港が押し込んだ街なので、必然的にこういった場所まで居住区を拡げていく必要があったのでしょう。


この地形では自転車も使えないため、徒歩で疲れないように小道が縦横無尽に駆け巡り、
そのため建築材料などの重いものは馬で運ぶことになるわけです。

考えてみれば世界中のあらゆる街で、人はその場所にあった生活を創造していて、
人間と環境双方のあながえない絶対的な位置づけがこの一枚の写真から垣間見えてきます。

そうなると、街は環境が与えるオリジナリティを利用し追求することで輝くのであって、
なんでも大都市から移してくればいいという考えが不条理なことにも気づいてしまいます。

歴史ある街が時代とともにオリジナリティを失っていくことは、実は私たちが考えるより大きな問題なのかもしれません。

それはアジアにも必要だし、日本にももちろん必要です。

そして情報の発達した世界経済の端っこに暮らしたつもりでいるボクらは、
長崎のオリジナリティをいま改めて確認することを始めるべきなのかもしれませんね。

 

この日の長崎は精霊流しで、方々でけたたましく爆竹を鳴らしながら国道を精霊船が行列をつくっていました。
屋上でビールを飲んでいても、精霊船の鐘の音と火薬のはじける音は、風情を感じさせるものです。

昨年このブログで精霊流しのことを書いたことを思い出すと、あれからもう一年。
それはそれは適当な内容ではありますが、飽きっぽい性格でも意外と(?)続いているなあ、と驚きます。

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先週末にお邪魔したTAKE OFFさんのパーティは、おおむら夢ファーム「シュシュ」にあるぶどう畑のレストランで行われました。

 

TAKE OFFさんは同名のセレクトショップを県内に4店舗、ほかにUNIONSTORE、QUINCAMPOIX、SEASONやTOLGA cafeを展開されているすごく元気な会社です。


会場には各店のスタッフさんとそのご家族がわいわいと仲良く集まり、とてもアットホームな雰囲気。

"The Mercury Sound" というユニットのライブが始まって、超盛り上がってました。

 

5月生まれの社長さんは、会場にいらっしゃった5月生まれの人をステージにに集めて、みんなでバースデーソングを合唱。

食事も美味しかったし、パーティの規模というか、4坪半のショップからスタートして現在では30人ほどの社員さんをかかえておられるTAKE OFFさん、ファミリー企業としてすごくいい感じの陣容に映りました。


会場に飾られていた、アフリカで見つけたというビーズの人形も可愛らしかったなあ。

スタッフ全員が、自社の商品を真面目に愛する会社。

スタッフが増えても、ああいうふうな会社になるといいな、としみじみ思います。

 

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桜町にある川口タイル工業㈱さんは、ハウステンボスをはじめ長崎県内の主要な建築物に必ずといってよいほど顔を出される老舗の専門工事会社。福岡にも支店があり、九州一円で活躍されています。

 

川口社長とは父同志が業界の盟友であったこと、現社長と僕が大学の先輩後輩であることもあって、個人的にも違った意味で思い入れのあるお客様です。


写真は川口タイル工業㈱さんの新しいロゴマーク。

長年使用されていたマークからの変更でしたので、正直緊張しました。


工事業界に見える男性的でシャープな雰囲気と、タイルという装飾材のやわらかく華やかな印象。

会社の歴史が伝える重みと、未来を醸し出すモダンなイメージ。

これらの相反するテーマを同居させる必要がありました。


INAXをはじめとした窯業系メーカーのロゴデザインもモダナイズされて久しく、プロダクトの洗練されたデザインを表現しつつ、長い歴史に落とし込むようにして見えます。


しかも川口タイル工業㈱さんは、ヘルメットのステッカーや作業服の刺繍に耐える単色使いとスマートな形状が条件であり、社長はあえて物事に意味を持たせて感謝をされる厚い性格です。


考えたあげく、マークはこれらのことを充分におさえながら、若い社長が引っ張る元気な会社の「動き」を表現してみました。川口の<K>とタイルの<T>の間には、 四葉のクローバをモチーフしたタイルをあしらっています。


これからもご家族を大事にするカッコ良い先輩でいてください。

流行の週末農業も誘ってくださいね!

僕のことはしようがないと思って?、この先もずっとご指導お願いしまーす!! m(_ _)m

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阿蘇郡の小国町、AM6:30。

 

起き掛けに温泉に浸かったそのままの薄着で外へ出ると、空気はキンと冷たくて、たまに聴く鳥のさえずり以外は、風の音もしません。

 

恩師より昨日を空けておきなさいといわれて朝から福岡へ向かいましたが、こういうサプライズでした。

 

某病院の息子さんと恩師とボク、その病院さんが所有している保養施設で、バーベキューをして少々お酒をいただきました。

 

早めに就寝したので、5時半に目が覚めてかけ流しの温泉に入りました。

 

皆さまのお陰で忙しい年度末。

最初から聞いていればお断りしたかもしれませんが、

それを見越してのお誘いに、今は感謝しております。

 

「あまり頑張りすぎるな」とお声がけいただきましたが、

お客さまでも業者さんでも、会う方はみんなボクより頑張っている人ばかり。

むしろガンバリが全然足りません。

 

それにしても素晴らしい施設。

夏のテニスが今から楽しみです。

 

ありがとうございました!

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 このブログはスペース・ラボのものではあるけれど、

ボクはこれをたった今という時間に書き残しておかなければならないから、ひとまずここに書きます。

ごめんなさい。


 

アキラという2つ年下の後輩が亡くなった。


同じ高校のサッカー部だったが、ボクが長崎へ戻って社会人チームを創ろうと呼びかけたときの最初のメンバーで、良い意味で先輩を先輩として扱わない、茶目っ気のある可愛い後輩だった。

ずいぶんと前に胃を全摘していたが、持ち直して市内リーグにもまた出場できるくらいになり、何年かは良い感じにみえた。

築いた家庭には元気な子供も産まれ、よく可愛がっていたことを思い出す。


アキラの体調が思わしくないことは本人から聞いて知っていた。

久しぶりに入院したと聞き、同じサッカー部の友人と顔を見に行ったから。

日も暮れた宝町の井上病院で他愛のない話をしたけれど、最後にアキラは「自分の身体はマズイ」といった。

手術をしようとしたが、何らかの難しい理由で見送った、というような話だった。


当時のサッカー部仲間では、同級生の友人が何年も前に新宿のホテルで亡くなっている。

前週に子供をつれて我が家へ遊びに来ていたのに、突然だ。

命日には仕事帰りの同級生が集まって墓参り。日々仕事や家庭に追われるボクらを、かろうじて年に1回は繋いでくれている。


故人を想うことはあっても、故人へしてやれることは、残念ながら、ない。


今朝からなんとなく気の抜けた状態で、哀しいやらやるせないやら、そんな言葉では表現できない複雑な感情が心にどんと座ってる。


帰宅して久しぶりにぼんやりと「死」について想いをめぐらせたときに、「死」についていくらか書いてあったと憶えていた本に気づいて、ダンボールの奥から引っ張り出してきた。


難しくて少しずつしか理解できないから、その部分を何度も読み返してみた。

ちなみにこの本の半分は、著者の鋭い感覚からうまれる活き活きとした自然風景の描写だ。

 

アキラ、キミのタフでオールラウンドなプレーを想いだすよ。
その頃の風景と共に。


以下、J.クリシュナムルティ(*)というインドの賢人が、78歳のときにつけた日記の一部です。

 

死はいたるところにあるというのに、私たちは死と共に生きてはいないようだ。

それは暗く恐ろしいもので避けるべきであり、けっして語るべきではない、扉を閉じてそれが近づかないようにというわけだ。

 

しかしそれはいつもそこにある。

愛の美しさは死そのものなのに、だれもそれを知らない。

死は苦痛であり、愛は喜びであり、この二つはけっして相容れない、切り離したままにしておくべきだ、と。

 

しかしこの分離が苦痛であり、苦悩なのだ。

この分離と、果てのない葛藤は時間が始まって以来こうだった。

観察する者は同時に観察されるものであり、経験する者は経験されるものであるということに気づかない人たちにとって、死はこれからも常にあるだろう。

 

それは広大な河と、その中にいる人間という関係に似ている。

彼はこの世の財産や、さまざまな虚栄、苦痛や知識を抱え込んでいる。

流れのなかでかき集めたものをすべて後にして岸に泳ぎつかない限り、死は常に戸口のところで根気よく待ちかまえ、油断なく見張っている。

彼が河をあとにすると、岸もない。

岸とか堤とかは言葉にすぎず、傍観者でしかないのだから。

彼は河も岸もすべてを後にしてしまった。

河は時間であり、岸は時間という観念だからである。

河は時間の動きである。

観念はその河の動きである

 

観察者が自分と一つになっていたものすべてを捨てたとき、観察者はいなくなる。

これは死ではない。

これは無時間である。

あなたはそれを知ることはできない。

なぜなら、知られたものは時間に属するからだ。

あなたはそれを経験することはできない。

認識とは、時間によって成り立つものだ。

知られたもの、既知のものから自由になることは、時間から自由になることだ。

不死性とはただの言葉ではなく、書物とかイメージとか、あなたが組み立ててきたものではない。

一方、魂とか、いわゆる<私>とか、アートマン(真我)とかは、時間すなわち思考の産物である。

 

時間がないとき、死もない。

ただ愛があるだけだ。

                                                                                                                         September,19 1973


*14歳で未来の救世主と信じられた神智学協会の至宝であり、20代で大教団の最高指導者となったが、30歳ころを境に組織と教義を否定、あらゆる宗教と神の存在や自らの肩書きも完全に否定し、ただ一人の自由人としてダライ・ラマを始め世界中の作家、学者、医者、物理学者ら著名人に深甚な影響を与えた人物。

deskwall.JPG ↑ボクの自宅デスク前に飾ってあるチェ・ゲバラ。右下のダンディーなオッサンです。↑

 

 

長崎の映画館は東京なんかでは考えられないくらいいつも空いていて、本当それだけで嬉しくなります。だって、「空いている」ということは、シートも痛まないし、チケットカウンターやフロアカーペットやトイレなんかも、いつまでも綺麗なんですよね。


ところで、ソダーバーグの描くチェ・ゲバラ、「チェ 39歳 別れの手紙」を観ました(映画が映画とはいえ、やっぱ観客10名いませんでした...)。


スティーヴン・ソダーバーグは、映画監督として「エリン・ブロコビッチ」や「オーシャンズ11」を世に出した、といえばわかりやすいでしょうか。

 

ボクが彼の名前を知ったのは「セックスと嘘とビデオテープ」。

大学生の当時姉が紹介してくれた映画で、脚本から編集まですべてをやった、と説明を受けたことを思い出します。

話がそれますが、これは良い映画でした。

題材はある夫婦と二人の至極狭い周囲の関係の中でのごちゃごちゃだったような気がしますが、登場人物の精神的な葛藤の入り乱れを上手に撮る一方で、そういった関係や出来事を妙に客観的に感じさせてくれるのです。

観終わったあとに残るのは、決して登場人物にすり替えた自分の感情ではなく、そういった事象そのものをこだわりなく認識する自分です。


さて、この映画は「チェ 28歳の革命」と2部作になっていますが、こちらはまだ観てません。

「チェ 39歳 別れの手紙」を観たかったのは、キューバで革命を成功させたときの話でなく、ボリビアで志半ばにして逝ってしまった彼の、生き様ではない、その<逝き様>をどのように表現しているのかに興味があったからです。

 

映像に関しては、始めはカメラ回しがドキュメントタッチっぽいのかな?と思わせて、そうでもなくなる。
中途半端になりますが、そのほうが観やすいのかもしれません。で、最後にまた似たような手法を使っています。そういえばいつもこんな感じかも。

 

で、感想としては、個人的に満足したというか、良かったです。

彼の死、ひいては彼の人生に、観る側に特別な意味を強要しなかったのです。


革命家の代名詞、チェ・ゲバラを扱うにあたって、彼に思い入れある世の多くの男子は思い切り美化したいものです。ソダーバーグにもそれは大きな思い入れがあったに違いありません。しかも「死」は人間にとって大きなテーマのひとつでもあります。特に、常に死と隣り合わせに生きてきた人間のリアルな死。


カストロと共にキューバ革命を成し遂げた英雄の死は、突然に、且つ、ごく自然に描かれていました。格好よくも、格好悪くもない。

何年もほったらかしにされた妻と5人の子供たちも出てこない。

共に戦った同志たちも出てこない。

壮大な目的のその後も描かれない。

死を受け入れる者と、死を与える者だけの世界。


死とは「突然かつ自然なもの」なのだと、気づかされるのです。


そのとき、チェが特別な存在からすごく身近な存在になります。


映画監督が作品に込めるメッセージ。ボクなりの、ですが???

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