その他: 2009年2月アーカイブ

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 このブログはスペース・ラボのものではあるけれど、

ボクはこれをたった今という時間に書き残しておかなければならないから、ひとまずここに書きます。

ごめんなさい。


 

アキラという2つ年下の後輩が亡くなった。


同じ高校のサッカー部だったが、ボクが長崎へ戻って社会人チームを創ろうと呼びかけたときの最初のメンバーで、良い意味で先輩を先輩として扱わない、茶目っ気のある可愛い後輩だった。

ずいぶんと前に胃を全摘していたが、持ち直して市内リーグにもまた出場できるくらいになり、何年かは良い感じにみえた。

築いた家庭には元気な子供も産まれ、よく可愛がっていたことを思い出す。


アキラの体調が思わしくないことは本人から聞いて知っていた。

久しぶりに入院したと聞き、同じサッカー部の友人と顔を見に行ったから。

日も暮れた宝町の井上病院で他愛のない話をしたけれど、最後にアキラは「自分の身体はマズイ」といった。

手術をしようとしたが、何らかの難しい理由で見送った、というような話だった。


当時のサッカー部仲間では、同級生の友人が何年も前に新宿のホテルで亡くなっている。

前週に子供をつれて我が家へ遊びに来ていたのに、突然だ。

命日には仕事帰りの同級生が集まって墓参り。日々仕事や家庭に追われるボクらを、かろうじて年に1回は繋いでくれている。


故人を想うことはあっても、故人へしてやれることは、残念ながら、ない。


今朝からなんとなく気の抜けた状態で、哀しいやらやるせないやら、そんな言葉では表現できない複雑な感情が心にどんと座ってる。


帰宅して久しぶりにぼんやりと「死」について想いをめぐらせたときに、「死」についていくらか書いてあったと憶えていた本に気づいて、ダンボールの奥から引っ張り出してきた。


難しくて少しずつしか理解できないから、その部分を何度も読み返してみた。

ちなみにこの本の半分は、著者の鋭い感覚からうまれる活き活きとした自然風景の描写だ。

 

アキラ、キミのタフでオールラウンドなプレーを想いだすよ。
その頃の風景と共に。


以下、J.クリシュナムルティ(*)というインドの賢人が、78歳のときにつけた日記の一部です。

 

死はいたるところにあるというのに、私たちは死と共に生きてはいないようだ。

それは暗く恐ろしいもので避けるべきであり、けっして語るべきではない、扉を閉じてそれが近づかないようにというわけだ。

 

しかしそれはいつもそこにある。

愛の美しさは死そのものなのに、だれもそれを知らない。

死は苦痛であり、愛は喜びであり、この二つはけっして相容れない、切り離したままにしておくべきだ、と。

 

しかしこの分離が苦痛であり、苦悩なのだ。

この分離と、果てのない葛藤は時間が始まって以来こうだった。

観察する者は同時に観察されるものであり、経験する者は経験されるものであるということに気づかない人たちにとって、死はこれからも常にあるだろう。

 

それは広大な河と、その中にいる人間という関係に似ている。

彼はこの世の財産や、さまざまな虚栄、苦痛や知識を抱え込んでいる。

流れのなかでかき集めたものをすべて後にして岸に泳ぎつかない限り、死は常に戸口のところで根気よく待ちかまえ、油断なく見張っている。

彼が河をあとにすると、岸もない。

岸とか堤とかは言葉にすぎず、傍観者でしかないのだから。

彼は河も岸もすべてを後にしてしまった。

河は時間であり、岸は時間という観念だからである。

河は時間の動きである。

観念はその河の動きである

 

観察者が自分と一つになっていたものすべてを捨てたとき、観察者はいなくなる。

これは死ではない。

これは無時間である。

あなたはそれを知ることはできない。

なぜなら、知られたものは時間に属するからだ。

あなたはそれを経験することはできない。

認識とは、時間によって成り立つものだ。

知られたもの、既知のものから自由になることは、時間から自由になることだ。

不死性とはただの言葉ではなく、書物とかイメージとか、あなたが組み立ててきたものではない。

一方、魂とか、いわゆる<私>とか、アートマン(真我)とかは、時間すなわち思考の産物である。

 

時間がないとき、死もない。

ただ愛があるだけだ。

                                                                                                                         September,19 1973


*14歳で未来の救世主と信じられた神智学協会の至宝であり、20代で大教団の最高指導者となったが、30歳ころを境に組織と教義を否定、あらゆる宗教と神の存在や自らの肩書きも完全に否定し、ただ一人の自由人としてダライ・ラマを始め世界中の作家、学者、医者、物理学者ら著名人に深甚な影響を与えた人物。

deskwall.JPG ↑ボクの自宅デスク前に飾ってあるチェ・ゲバラ。右下のダンディーなオッサンです。↑

 

 

長崎の映画館は東京なんかでは考えられないくらいいつも空いていて、本当それだけで嬉しくなります。だって、「空いている」ということは、シートも痛まないし、チケットカウンターやフロアカーペットやトイレなんかも、いつまでも綺麗なんですよね。


ところで、ソダーバーグの描くチェ・ゲバラ、「チェ 39歳 別れの手紙」を観ました(映画が映画とはいえ、やっぱ観客10名いませんでした...)。


スティーヴン・ソダーバーグは、映画監督として「エリン・ブロコビッチ」や「オーシャンズ11」を世に出した、といえばわかりやすいでしょうか。

 

ボクが彼の名前を知ったのは「セックスと嘘とビデオテープ」。

大学生の当時姉が紹介してくれた映画で、脚本から編集まですべてをやった、と説明を受けたことを思い出します。

話がそれますが、これは良い映画でした。

題材はある夫婦と二人の至極狭い周囲の関係の中でのごちゃごちゃだったような気がしますが、登場人物の精神的な葛藤の入り乱れを上手に撮る一方で、そういった関係や出来事を妙に客観的に感じさせてくれるのです。

観終わったあとに残るのは、決して登場人物にすり替えた自分の感情ではなく、そういった事象そのものをこだわりなく認識する自分です。


さて、この映画は「チェ 28歳の革命」と2部作になっていますが、こちらはまだ観てません。

「チェ 39歳 別れの手紙」を観たかったのは、キューバで革命を成功させたときの話でなく、ボリビアで志半ばにして逝ってしまった彼の、生き様ではない、その<逝き様>をどのように表現しているのかに興味があったからです。

 

映像に関しては、始めはカメラ回しがドキュメントタッチっぽいのかな?と思わせて、そうでもなくなる。
中途半端になりますが、そのほうが観やすいのかもしれません。で、最後にまた似たような手法を使っています。そういえばいつもこんな感じかも。

 

で、感想としては、個人的に満足したというか、良かったです。

彼の死、ひいては彼の人生に、観る側に特別な意味を強要しなかったのです。


革命家の代名詞、チェ・ゲバラを扱うにあたって、彼に思い入れある世の多くの男子は思い切り美化したいものです。ソダーバーグにもそれは大きな思い入れがあったに違いありません。しかも「死」は人間にとって大きなテーマのひとつでもあります。特に、常に死と隣り合わせに生きてきた人間のリアルな死。


カストロと共にキューバ革命を成し遂げた英雄の死は、突然に、且つ、ごく自然に描かれていました。格好よくも、格好悪くもない。

何年もほったらかしにされた妻と5人の子供たちも出てこない。

共に戦った同志たちも出てこない。

壮大な目的のその後も描かれない。

死を受け入れる者と、死を与える者だけの世界。


死とは「突然かつ自然なもの」なのだと、気づかされるのです。


そのとき、チェが特別な存在からすごく身近な存在になります。


映画監督が作品に込めるメッセージ。ボクなりの、ですが???

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